京都地方裁判所 昭和43年(ワ)1312号 判決 1972年7月08日
原告
岸本五郎
岸本アサエ
右訴訟代理人
山口貞夫
右訴訟代理人
中島晃
被告
国
右代表者
前尾繁三郎
右指定代理人
鎌田泰輝
外八名
主文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実《省略》
理由
一(事故の発生)
1 原告岸本五郎が、昭和四〇年一〇月九日午前一一時一五分ごろ、京都府中郡峰山町字呉服地内京都銀行峰山支店前交差点(以下本件交差点という。)の東西に通じる幅員約9.2メートルの道路上を自転車で走行中、訴外葉賀真一の運転する軽四輪乗用自動車に追突されたことは当事者間に争いがない。
2 <証拠>によると、(イ)原告岸本五郎は、本件事故により頸髄損傷、右大腿骨々折の傷害を受け、事故当日から昭和四二年八月三一日まで丹後中央病院で入院加療したこと、(ロ)現に、頸椎および右股関節に著しい運動障害、右手握力障害、右膝関節、左股関節に機能障害が残存していること、以上の事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。
二(訴外葉賀真一の過失)
訴外葉賀真一の過失に関する請求原因第二項の事実は当事者間に争いがない。
三(被告の責任)
1 <証拠>ならびに当事者間に争いがない事実によると、
(イ) 訴外葉賀真一は、本件事故当時、峰山簡易裁判所兼京都地方裁判所峰山支部に事務官廷吏として勤務し、訴訟関係書類の送達事務を含む廷吏事務の他、裁判事務の補助等職務に従事していたが、その職務上自動車の運転を担当するものではなかつたこと。
(ロ) 同裁判所には庁用自動車の配備がなく、したがつて自動車運転手として勤務する職員もなく従来右送達事務等は、徒歩あるいは配備されている庁用足踏自転車でなされ、当時職員一人が自家用乗用車で通勤していたが、これを右事務等に使用したこともなかつたこと。
(ハ) 訴外葉賀は、昭和四〇年七月一日普通運転免許を取得し、本件事故当日の朝、同裁判所前庭で、訴外奥丹モータースから、買受けた加害車の引渡しを受けたが、その後たまたま上司から峰山警察署および同郵便局へ書類を送達するように命じられたため、当時引渡しを受けたばかりの右加害車を運転して同裁判所を出発し、同町内の警察署、郵便局の順序で右送達事務を終え、帰庁する途中本件事故をひき起こしたこと。
(二) 訴外葉賀の上司は、同人が自動車学校に通学したのち、普通運転免許を取得したことは了知していたものの、本件事故当日右のように加害車の引渡しを受けたことは全く知らず、したがつて同人に加害車を使用して右書類送達をなすように命じたり、これを許可したこともなかつたこと。
以上の事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。
2 そこで、右事実にもとづき、被告の責任の有無を検討する。
(一) 運行供用者責任
右事実によれば、本件事故は訴外葉賀がその私有車を裁判所の業務のため使用中にひき起されたものであるけれども、日常自動車(右車輛を含む)を裁判所の業務のため使用したこともなく、また本件運行にあたり、裁判所がその使用を命じたり、許可したこともないうえ、特に自動車の使用を余儀なくされるような職務を命じたのでもないこと等を考えあわせると、裁判所は右自動車の本件運行につき、その支配ないし利益を有していなかつたものというべきであり、自賠法三条の運行供用者に該当しない。
(二) 使用者責任
本件事故は前記のとおり訴外葉賀がその私有車を裁判所の業務のため使用中にひき起されたものであるが、被用車がその私有車を使用者の業務のため使用して加害行為にいたつた場合、使用者の業務のため使用したという一事から直ちに加害行為が民法七一五条の「事業の執行につき」なされたものと即断することは許されず、被用者の職務との関連、加害の道具である私有車の利用状況ならびに当該運行にいたつた経緯、その態様等を勘案して、当該加害行為が使用者にとつて一般的に予見され、客観的に使用者の指揮監督が及ぶものと考えられる場合にはじめて使用者責任を認めるのが相当である。
そこで、これを本件についてみるに、前記1、(イ)ないし(ニ)で認定した訴外葉賀の職務とその遂行手段、裁判所における自動車の利用状況、本件運行にいたる経緯とくに訴外葉賀は、加害車を事故当日の朝販売店から引渡しを受けたものであり、裁判所は同人が右自動車を利用したことを全く知らず、もとよりこれを命じたり許可したことがなかつたこと、特に自動車の使用を余儀なくされるような職務を命じたものではないこと等を考えあわせると、本件運行の目的が裁判所の業務のためであつたとはいえ、これを裁判所が一般的に予見し、客観的にその指揮監督を及ぼしうるものということはできず、したがつて右加害行為は裁判所の「事業の執行につき」なされたものとはいえない。
(三) 国家賠償責任
本件事故は国家公務員である訴外葉賀が書類送達という公務を行なうにつき、加害車を運転した結果ひき起されたものであることは明らかであるが、右加害車の運転行為自体は、消防自動車、パトロールカーの運転、演習中の自衛隊車の運転等とは異なり、国の純然たる私経済作用に属し、公権力の行使には該当しないから、被告に国家賠償法一条の責任はない。
四(結論)
そうだとすれば、原告の本訴請求は、その余の争点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(山田常雄 伊藤博 房村精一)